著者がいつかは書かねばならなかった一書
「個人・社会・国家のあるべき関係という根本問題に取り組ん」だ(杉田敦氏の2/8付朝日新聞書評)樋口陽一氏の最近著。
まず加藤の云う「型」と「段階」そして雑種文化論に触れたのち、
丸山の云う「弁証法的な全体主義」について論じ、
最後にわが国の近代立憲思想史などを振り返りながら自己の立ち位置について述べる。
叙述は決してやさしいものとは云えないが、
それは読者をして恰も「自己決定をするそのことの苦しさ」(146頁)を迫る(試す、
追体験させる)かの如き覚悟に満ちている。
「9条改正から96条改正へ、
そして集団的自衛権による解釈改憲へ」とどんどん姑息・矮小化する一部政治勢力に対し、
論理の強靭さと一灯を掲げることの大切さをもって見事に対抗した一書である。


(英仏独における)「国民的三類型の「型」は、
「段階」の特定歴史時点=近代市民革命 ・・・ での発現形態にほかならなかった」(21頁)。

「思想・文学・藝術は、
変化するとしても、
進歩しないのだ。
技術的な進歩はあり得るかもしれないが、
それは附帯的なことにすぎず、
文学・藝術の核心ではない」(28頁、
加藤周一の言葉)。

「もしも文化が伝統の継承のうちにしか花咲かぬとするなら、
そしてもしも文化をあくまでも擁護しようとするなら、
その伝統の母胎である民族の精神構造をそれが何であれ−それが<内なる天皇>に通じているにしても−否定することは難しくなる」(48頁、
海老坂武の言葉)。

「「個人は国家を媒介としてのみ具体的定立をえつつ、
しかも絶えず国家に対して否定的独立を保持するごとき関係に立たねばならぬ」・・・ ような関係は、
「市民社会の制約を受けている国家構造からは到底生じえないのである」・・・。
丸山の言う「市民社会の制約」というのは、
つまり「ブルジョア社会」・「資本主義社会」の「制約」という意味です」(72〜74頁、
前段は丸山眞男の言葉)。

「棄権する自由を保障するのが、
オムの権利に対応する社会のありようです。
ですから棄権する自由を奪ってはいけない。
他方で、
ルソー的なシトワイヤン、
こちらはいわば求心的な、
公共社会に関わっていく場面で出てくる話ですから、
その要素だけが強調されると、
私的空間の自由が侵食される」(93〜94頁)。
加藤周一と丸山眞男: 日本近代の〈知〉と〈個人〉

その他の感想

フィルター枠の色選択が出来たならば、☆+1
相変わらず素晴らしいゲーム
ソフト麺
両親へのプレゼントにしたいです
いやー、これいいですねー。
臭いが本当に弱くなってる
家族がダイエット中なので
テクニカルなヘヴィメタルギターの御手本
感激でした。
やっと和書になった
靴だなが片付いた!
どの曲も満足
2個頼みましょう!
かぶりがなくて最高っす
安くて、安心できる!!
DVDがお奨め!!
グローバルな技術者からの厳しい警告
取り回しよく、よく刈れます
RECMOUNTの延長に
寝冷え解消!
いまひとつ感度が・・・・・・
大丈夫だろうけど不安。
生地にも細さにも長さにも満足
これがないと・・・・・
マストアイテム認定
ちょっと発熱が・・
大き目のつくりだと思います【訂正します!ごめんなさい!】
easy reading
ランニング初心者に超オススメ!
ソフトです。
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